名古屋城

8月16日、雨のち晴れ。

台風の影響で涼しい気がしたので約10年ぶりに名古屋城に行きました。

遺構や建造物が多いので記事がいつもより少し長いです。

基本データ

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城名 名古屋城
100名城番号 44
所在地 愛知県名古屋市
築城年 慶長14年(1609年)
城郭構造 梯郭式平城
天守 連結式層塔型5層5階地下1階1612年築 (非現存)
1959年再建(SRC造・外観復元)

名古屋城は、徳川家康が天下普請により築城した城です。 三名城、三大名城*1に含まれる日本を代表する名城です。

寛文5年(1665年)に大阪城天守が消失した以降は日本最大の天守を持つ城でしたが、1945年の名古屋大空襲で天守、御殿などほとんどの遺構が失われました。

現在の天守は1959年に再建されたもので、外観復元天守です。また、資料をもとに木造の本丸御殿が復元されて、2018年6月から一般公開されています。さらに、2022年までに天守が木造で復元される予定です。

三之丸

金シャチ横丁

金シャチ横丁は近年できた飲食店街で、金箔ソフトなどのここでしか食べられない名古屋めしが売っているそうです。

二の丸と三の丸の間には巨大な空堀があります。

入口(東門)

写真の門の向こう側からが有料エリアです。大人の入場料は通常500円ですが、ドニチエコきっぷや地下鉄24時間券などを提示すると100円引きになります。

日本100名城スタンプは受付で押すことができると思います。今回はスタンプ帳を家に忘れたので押せませんでした。

二之丸

二之丸庭園

北の水堀

御深井丸(おふけまる)

西北隅櫓

西北隅櫓は水堀の内側で一番北西の地点に建つ三重三階の櫓です。 江戸時代には「戌亥櫓」や「清須櫓」と言われていました。 現存する三階櫓のうち、熊本城宇土櫓に次いで2番目の規模です。

ちょうど内部公開していたので中に入ることができました。 消防法の関係で3階に上がれる人数が制限され混雑するようなので、早朝凸がおすすめです。

江戸時代は清須櫓と呼ばれ、清州城の小天守か櫓が移築さたものと伝えられていました。 しかし、昭和37年から39年の解体修理の結果、複数の建物の古材を転用しているが清須城の櫓をそのまま転用しているわけではないことが分かっています。

乃木倉庫

乃木倉庫は乃木希典が名古屋鎮台に在任中に建てられた倉庫です。実質聖地。

鵜の首

御深井丸と西之丸の間の通路です。 鵜の首とは、堀を内側に入れ込み道幅を狭くした通路のことです。 曲輪どうしの接続を細くすることで、一つの曲輪を攻略されても他の曲輪が攻めにくいようになっています。

名古屋城にはこのような鵜の首が5箇所あります。

本丸(天守、御殿以外)

旧二之丸東二之門

旧二之丸東二之門は本丸の東側の虎口に建つ高麗門です。 二之丸東黒鉄門を昭和47年に移築したものです。

清正石

清正石は石垣の名手の加藤清正が運んだと言われる巨石です。 上記の本丸東虎口を入った枡形空間にあります。

大手門から入ると本丸御殿や天守が目の前にあるため、東虎口にある清正石はついつい見逃されがちです。

表二之門

表二之門は本丸の南に現存する高麗門です。隣の多聞櫓と繋がっていて防御力が高かったようです。

大手門枡形虎口

虎口空間は「五八」(五間×八間)が理想だと軍学書に記されていますが、名古屋城大手門の桝形虎口は11.5間×10間あります。

西南隅櫓

西南隅櫓本丸の南西隅に現存する隅櫓です。 江戸時代には未申櫓と呼ばれていました。二重三階の珍しい形式の櫓です。

西と南の2階の出窓部分には出窓型の石落しが設けられています。 石落しという名前ですが、実際には石垣に張り付いた敵を鉄砲で一掃するための穴です。

明治後期から大正時代に自然災害により倒壊しましたが、宮内庁により修復されました。 屋根の瓦が葵文ではなく菊文なのはそのためです。

東南隅櫓

東南隅櫓は本丸の南東隅に現存する二重三階の櫓です。 西南隅櫓とは異なり通常時は公開されていません。

本丸御殿

平成30年に完成した木造復元の本丸御殿です。 総工費は150億円で、約10年かけて抱負な資料をもとに復元されました。

玄関

来客がまず通される殿舎です。虎や豹が描かれています。

表書院

正式な謁見に用いられた建物です。江戸時代には広間と呼ばれていました。

対面所

藩主が身内や家臣との対面、宴会に用いた建物です。 京都や和歌山の名所が描かれています。

上洛殿

三代将軍家光の上洛に合わせて増築された建物です。復元された御殿の中では最も派手に装飾されていました。

その他の装飾

装飾ひとつひとつに職人の魂が籠もっていて見ていて飽きません。 廊下の天井や金具一つ一つに精緻な加工が施されており、当時の派手な雰囲気がよく伝わってきました。

天守

名古屋城天守は大天守と小天守が橋台により繋がれた連結式天守です。 大天守は層塔型五重五階地下一階です。 屋根に乗った2つの金鯱が特徴で、徳川家の権力や財力を誇るものであったと言われています。

天守

天守正面は(比翼)千鳥破風や軒唐破風*2で派手に装飾されています。横方向も破風で彩られています。

名古屋城の瓦は宝暦の大改修を機に2階以上はすべて銅瓦が使用されています。

屋根の上の金鯱は南側(左)が雌、北側(右)が雄です。雄のほうが微妙に重くて高いです。

天守

天守台石垣

天守台石垣は石垣の名手である加藤清正が築きました。 様々な色の石を用いた野面積みの石垣で、上に向かって緩やかに立ち上がる扇の勾配が美しいです。

剣塀

少し見づらいですが、橋台の土塀の軒先には30cm程の槍の穂先を並べた剣塀と呼ばれる忍び返しがついています。

おまけ

初めて(?)味仙の台湾ラーメンを食べました。辛いものにはそこそこ自信がありますが、かなり喉にピリピリ来る辛さでした。

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まとめ

以上、久しぶりの名古屋城訪問でした。 近くに住んでいるとなかなか気づきづらいですが、巨大な堀や木造の本丸御殿など色々見どころがありました。 木造の天守が完成したらまた来てみたいです。

良い名古屋城攻めでした。

*1:三名城は「名古屋城大阪城、熊本城」、三大名城は「名古屋城大阪城、姫路城」です。

*2:千鳥破風は屋根上に置かれた三角形の破風です。軒唐破風(のきからはふ)は軒先のいち部分だけが丸くカーブした形の破風です。